物の豊かさと心の豊かさ – 空間工房LOHAS

WRITER

この記事を書いている人 – WRITER –

昨日、とても気に入っていたデジカメが壊れてしまいました。大事に使っていたつもりですが、なにせ仕事柄現場に持っていったりと、それなりにハードな使い方では合ったとは思います。 それにしても、たかだか買ってから1年ほどでこわれてしまうとはショックです。 見てみると、症状は明白です。 モニターの液晶が駄目になってしまっています。別に、ぶつけたり圧迫したつもりもないのですが・・・ 精密機械なので繊細なのもです。 以前、似たような症状でラップトップのパソコンが壊れたことがありました。 その時は、液晶を交換するなら、結局新品が買える位の金額になってしまうとのことで、しぶしぶ新品を 又購入するはめになったんですね。それで、前のパソコンは結局不要の長物となり、捨てるにも処理が 面倒で、結局押し入れのスペースを長いこと占拠していました。 思い起こせば、いつからでしょうか、この手のパターンの連続がとても多くなってしまいました。 大きく分けて2つのパターンでしょうか。 1つは、電気製品のような高価な精密機械。部品が基盤であったり液晶であったりと、特定の物に集約されており、その一部が壊れると、つながっているので、結局基盤ごと交換=新品を買うのと同じくらいのコストがかかってしまう。又、修理をする為の経費(人件費が特に)が高く、ちょっとした修理でも高額に なってしまう。 昔は、メカニズムという言葉通りで、機械もネジで止めたりするのが主流なので、何かこわれても器用な人は分解して具合の悪い部品だけを交換して直せていました。そんな時には、交換する部品は元々の純正ではなくても、似たような機能を持つ何かで代用できたりしていたと思います。 この例は少し極端ではありますが、要は使う物の仕組みが単純明快だったのです。だから分解したり、 直したりといったことも、できそうな気にもなりました。 反して、今の機械はどれも、基盤やチップに集約され、ネジではなく半田付けされて、仕組みがどうなっているのか全然分からない、ブラックボックスと化しています。 これは私観ですが、仕組みが分かったほうが愛着も湧きますし、又壊れてもその部分だけ修理して長く 使っていけると思います。 特にパソコンや精密家電は(最近は車もコンピューター制御なので車もそうですね)、長く使いたくても どこか壊れると、修理というより新品を買ったほうが安くなることが多く、非常に消費的な殺伐とした結果になっています。 修理代が高いのに加えて、新品がびっくりする位安くなっているのもこのことに拍車をかけています。 2つめは、100円ショップに代表されるように、とにかく安いから買っておこうかという、衝動買いです。 この場合はあまり必要性も無いのに買う場合が多く、ちょっと使ってはいつの間にか使わなくなり、引き出しや収納を占拠するだけになってしまったり、ひどい時はそれがある事も忘れたりという事になります。 こういった事の結果として、家には不要の物が増え、それを収納するのに苦労し、又収納仕切れずに溢れていたりして、そうすると、気持ちも雑然として落ち着かないような生活になってしまうという悪循環が 今の我々でしょうか。 昨年、今の家に引っ越すに際して、今の家は収納が少なめなので、随分と物を捨てました。 その際に、何年も使っていなかったり、又、存在自体を忘れていた物が多くてびっくりしました。 又、何より驚いたのは、あれだけ大量に捨てたのに、物がなくなっても全然困らなくて、むしろ、すっきりとして、よっぽど気持ちよく生活できるようになったことです。 全く変な話ですね。 物が多くなってかつて無いほど物質面では豊かな生活を送れるようになりました。

しかし、物の豊かさと心の豊かさとは比例してはいないようですね。

Copied title and URL